【序章・夢】 夢…闇の奥から赤い糸が一本ピンと伸びる…もう片方の赤い糸は花道に…潮騒…
闇の奥には無数の扉が浮かんでいる…その戸板の隙間から白い手が、にゅうっと
突き出す…花道から、赤い糸に引張られ、坊主頭の薄汚れた少年・トッペンが出てくる…
トッペン (独白)誰だい? 誰なんだい? 僕の夢に訪れて、僕の小指に赤い糸を結びつけるのは?
どうして、千切れるほど僕の指をこうも締め付けるんです…もしかしたら、これは赤い糸なんかじゃなく、
血潮流れる赤い血管ではないでしょうか? 誰かの血潮が僕の夢に体に入り込み、僕を知らない何処か に誘っているのでしょうか…だとしたらそうもきつく引っ張らないでください、僕は今、眠りを貪っているんですっ
…白い手、トッペンを招く
トッペン その真白き手は僕をどこかに誘うのか…それとも、ひとときの快楽を…夢精ならご勘弁…
罪悪と羞恥心、せつなさとむなしさと…男って面倒臭いんですっ
潮騒! トッペン、赤い糸に引張られ戸板へ! 白い手、トッペンに絡みつく!
白い手の主・女が現れる! 戦い続ける女戦士の様に顔は血で汚れている…女の名は潮
潮 女も面倒臭い…月に一度はやってくる
トッペン 僕は毎日です
潮 泳ぎだしたオタマジャクシは何処目指す
トッペン 洗い流され下水のどぶに…
潮 どぶ伝わって街目指す…あんたの精(生)は街目指す
トッペン あなた誰ですか?
潮 夢の中…私の名前は眠ってる
トッペン ならば夢の人、僕は誰? 僕は何処から来て何処に行く?
潮 赤い糸繋がる先…繋がる先はあのトッペン…
トッペン トッペン?
潮 ほら、街の煙突達…
トッペン つくしんぼのように群れている
潮 幾つもの戦争ありました…
トッペン 瓦礫になったその街に、煙突お空に伸びました…炊事場、銭湯、屋台の煙突…
潮 そして火葬場エトセトラ…赤い糸は、あのどれかの煙突のトッペンに…
トッペン 僕の運命はあの煙突に
潮 そう…そして…煙突下広がるは真黒な海!
激しい潮騒! 哀しみの蒼が降る
トッペン 道理で潮騒が聞こえます
潮 あれは潮騒じゃない…帰りたい帰りたいと泣き叫ぶあんたの血潮
トッペン ならばこの糸の繋がる街は僕の故郷…
潮 (闇を見据え)…街超え、海越え…(指差し)あの伝説の向こう側、真っ黒な海越えて伝説の向こう側!
激しい潮騒! 哀しみの蒼が降り注ぐ! あの日の群集達が湧き出てくる
潮 幾千万の荒波は、幾千万の鋼の剣…
トッペン (闇を見据え)行ってみたい、伝説の向こう側…
潮 ならその前に…訪れるはハコブネと呼ばれる港町
トッペン ハコブネ? …その町の名前はハコブネと言うんですね?
潮 流離い漂い朽ち果てた、いつか何処かの幻の街…
トッペン !? 風が温い…嵐です
潮 夢嵐…夢朽ち果てて恨み節…聞こえてくるはハコブネの鎮魂歌
♪どんぶらら どんぶらら いつか どこかの僕らの街に
どんぶらら どんぶらら 方舟 どんぶら難破船
舟底揺れるは 誰かの 血潮
群衆唄 ♪幾つもの戦争ありました 万の悲しみ乱れ咲き
死人燃やせば真黒な灰に せめて帰れよ故郷の空
山超えろ 海峡渡れ 力尽きて沈むなら
せめて海の標となりて 死人の花道こさえろよ
どんぶらら どんぶらら 眠れ 方舟その日まで
どんぶらら どんぶらら 僕等を 永久に連れて行け
哀しみの蒼が降る…トッペン、闇に眼を凝らす…闇から怒号が聞こえてくる
夏ノ方舟TOP
2012年度第47回紀伊國屋演劇賞個人賞、第16回鶴屋南北戯曲賞、第20回読売演劇賞優秀演出家賞をトリプル受賞した、いまもっとも注目を集める東憲司さん。その受賞後初、外部劇団へ書き下ろす意欲作です。
物語は、「ハコブネ」と呼ばれる港町の安宿「洋洋館」。そこを切り盛りする潮という女、煙突掃除の若者や春を売る女達の交差する様々な想いを通して、泥底から這い上がろうとするもの達の希望、そして父娘の『血の記憶』を描きます。
朴王路美をはじめ、総勢18名の俳優たちが紡ぎだす生きとし生ける者たちの寓話劇。
繊細に、そして大胆に放熱する舞台にご期待下さい。